体験談17:体力・メンタルの限界

h.私の体験談

▼過食嘔吐・チューイング(52kg)
17歳4月~19歳4月 (約2年)

金銭的な安心からの自己肯定感

パン屋でアルバイトを始め

月に14万円くらい稼げるようになった。

(時給850円でよ!我ながら頑張った)

両親は優しかったので

「給料はすべて貯金しなさい」と

私に生活費を請求してこなかった。

バイトする前と

親に養ってもらってる状況は変わらないのに、

お金という対価をもらうことで

自分は社会と何かしら繋がってるという

安心感を得ることができた。

通帳に溜まっていくお金を見て

私はその数字に満たされた。

相変わらず数字に安心感を覚えた。

病気になって初めての旅行

私の家族は旅行に行くのが好きで

中学までに30都道府県くらい回るほど

家族旅行を大切にしていた。

しかし、私が病気になると

その儀式はなくなった。

私が家から出られなかったからだ。

しかしパン屋で働き始めた夏、

1週間休みがもらえたので

母と2人で北海道旅行に行った。

決めたのは「思いつきと勢い」だった。

引きこもってた時とは違う

「予定外の行動」ができるようになっていた。

旅行中は嘔吐することもなく

ちょっと過食+過活動な気がしたが

病気の前のように過ごすことができた。

少しずつ前を向き始めたような気がした。

(このころの写真を見ると

見た目はぽちゃっとして見えるのですが

前よりも笑うようになってました)

体力・メンタルの限界

4月からパン屋を始め、11月になる頃。

いつも通り4時に出勤し

玉ねぎを切っている時に指を切った。

傷は深くはなかったが

なぜかそこで涙が止まらなくなった。

週6日の肉体労働で

体力的に限界が来ていたのが

メンタルにまで影響が出ていたようだった。

その頃は少しずつ

外に出られるようになったことで

もっと外に出たいという欲が出てきた。

「18歳の私が、このまま

パン屋と家を往復する生活でいいのか」

と真剣に考えるようになっていたのだ。

私だって

普通の女の子として

普通に生きている子たちと

普通にご飯を食べたい。

女子大生、恋愛、OL。

私だって、私だって、私だって・・・

やってみたいことが増えるにつれ

パン屋に行きたくなくなった。

それから1週間もしないうちに

私は家でずっと泣くようになり

見かねた母がパン屋に電話した。

「もう、精神的にも疲れてしまって

 明日から通えなさそうです。

 辞めさせてあげてください」

最後は親を頼ってしまった。

病気を言い訳にして投げ出してしまった。

単にパン屋を辞めたかっただけなのに

その理由を病気のせいにしてしまった。

母親は「嘘も方便」と言って

私の全力の逃げを応援してくれた。

そこには母親の愛しかなかった。

後日、パン屋にお菓子を持って挨拶に行き

私のパン屋修行はあっけなく終わった。

しかし、2年間の引きこもりだった私が

初めてのバイトで7ヶ月続いたことは

奇跡だった。

そして私はまた、引きこもりになる。つづく。

タイトルとURLをコピーしました