体験談19:食べ物を忘れるための趣味

h.私の体験談

▼過食嘔吐・チューイング(52kg)
17歳4月~19歳4月 (約2年)

店長に看板を頼まれる

体験談17でパン屋をやめたが

一つだけ手に残ったものがある。

それがチョークアートだ。

(管理人作のチョークアート看板)

オーナーに

「絵ってかける?看板かいてよ!」

とたまたま声をかけてもらい

チョークを買ってもらった。

私はそれほど前のめりではなかったが

自分で本や材料を買ってきて描き始めた。

病気になって初めて

自分で食べ物以外の何かを買い

食べること以外に時間を使った。

食事を忘れたかった

摂食障害になってから

食事や運動以外の活動といえば

バイトとテレビを見ることくらい。

男の子と映画を見に行ったりしたが

私が映画の途中で爆睡して

相手がテンションだだ下がるという

相変わらず恋愛に興味がわかなかった。

(私ほんとサイテー)

食べることが生活の中心だったが

そろそろそのルーティーンな生活に

飽き飽きしていた。

私は食べることを忘れるために

必死に集中して絵を描いた。

一番初めの作品

「食事を忘れたい」という

負のエネルギーから描き始めたが

思いのほか熱中できた。

というよりも完璧主義が功を制し

きっちり画材を使いこなした。

初めての作品がこれ。

パン屋の入り口に置く看板だ。

今思えばうまいとは言えないけど

店長が喜んでくれた顔を見て

私は認められた気がしてうれしかった。

なんとなく、これは続けられると思い

もっと描いてみようと思った。

教室に通い始める

たまたま私の住む地域には

チョークアートの先生が

いらっしゃった。

独学でうまくなるには限界があると感じ

私はおそるおそる体験教室に行った。

そして、月に2回ほど

チョークアート教室に通うことにした。

全授業は15回ほど。

金額は30万円くらいかかったが

パン屋で働いていたのでそれをあてた。

両親が「バイト代は貯金しなさい」

と促した意味が少しわかった。

まとまったお金ができると

やりたいことをやりたい時にやれる!

ということを実感した。

最年少の私、広い世界を知る

当時私は18歳。

その頃通っている生徒さんは

20代~40代のセレブが多く

私は圧倒的に若く最年少だった。

生徒さんは花屋をやってるとか

料理人をしてるとか

「大学→会社員」というような

私が想像していた生き方をしている人は

ごく少数でおどろいた。

人生の選択肢の数を

この教室で触れることができた。

提供されるパン

チョークアート教室は1回の授業が

11時から16時の5時間に及んだ。

教室ではお昼に

一人一人にパンが提供されたり

肉まんをご馳走になったりと

みんなの前でご飯を食べる機会があった。

その頃の私といえば

未だに自室にこもってご飯を食べたり

外食は母か摂食の友人しか無理だった。

毎回、教室での食事前に

「今日は何が出されるのだろう」

「私は変な食べ方をしてないだろうか」

なんて緊張してしまうことが多かったが

そのような環境に慣れていくことも

今思えば大切な過程だったのだと思う。

友だちがいないことに気づく

無事にチョークアート教室を卒業し

プロ資格を取得したころ、

私はすでにパン屋を退職していた。

(ここまで上達した)

私はこの先どうやって生きていくのか

真剣に考え始めた。

フリーランスで看板製作する?

なんて考えたりしたが

自分がいくら絵を描いても、

買ってくれる人がいないと生計立てられないと

自分の限界を悟った。

まず、「私は友達がいない」ということに

気づいてしまったのだ。

もっと広い世界を知り

たくさんの人に会って

つながりをつくりたいと思うようになった。

となると道は2つ。

フリーターで働くか、大学を受験するか。

「今この10代だからこそできること」

を最優先にすると・・・

私は大学受験しようと考え始めた。

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