治療中の「転移」の活かし方

よく、治療やカウンセリングの現場で起こる現象として、

 

「いい患者でいたいから、弱音を吐けない」

「先生に怒りをぶつけてしまう」

 

などがあります。皆さんも心当たりありませんか?

これは、カウンセリングをしていて、よく当事者に現れる「転移」という現象です。

 

今回は、この「転移」についてお話しします。

陽性転移と陰性転移

転移とは、過去の記憶やトラウマ、両親に抱いた抑圧した感情を、別の相手に重ねて見ることです。

転移には陽性転移陰性転移の2種類があります。

陽性転移は、クライエントが治療者に対して愛情や尊敬などポジティブな感情を向けることを指します。

例えば、クライアントがカウンセラーのことを好きになったり、「特別扱いしてほしい」と求めたり、母親役を求めて甘えてくる現象などが見られます。

 

陰性転移は、クライアントがカウンセラーに対して、敵意や反抗などネガティブな感情を向けることを指します。

例えば、「もっと私のことをわかってほしい」「もっと心配してほしい」「なんで理解してくれないの」など、ちょっとしたことで反発してしまう現象です。

逆転移

さらに、逆転移というものがあります。

逆転移とは言葉のままで、クライアントがむける陰性転移や陽性転移を受けて、カウンセラーがクライアントに向ける特殊な感情のことを言います。

例えば、どんな話をしても、やたら否定してくるクライアントさんに腹立たしく思ったり、クライアントが異性だと、恋愛感情に似たものを抱き、守りたくなったりする現象です。

カウンセラーの心がけ

この「転移」と「逆転移」のをカウンセラー側が理解していないと、カウンセリングを邪魔してしまう可能性があります。

まず、カウンセリングを求めてやってくるクライアントは、誰にも言えない摂食障害などの悩みを抱えているわけですから、自分の話をじっくり聴いてくれるカウンセラーに好意を抱くのは当然のことです。

しかし、これをカウンセラーが転移であると理解していないと、「私がいないと、この子はダメなんだ」「私がなんとかしてあげなくちゃ!」という「逆転移」が起こりやすくなります。

これは一見、いいことにも見えますが、あまり良くないとされています。

なぜならカウンセラー自身が「誰かに必要とされることで自分のこころの問題の穴埋めをしている」という可能性があるからです。実際に誰かに尊敬されたり、感謝されることは、幸福度が高いですから。

ただ、それが問題がないと思えば、問題ないかも知れませんが、健全ではないですよね。特に、逆転移はカウンセラーの個人的なコンプレックスが影響している場合が多いので(自分の価値を感じられない、愛情に愛する欲求不満、キャリアコンプレックスなど)、カウンセラーは自分自身の精神的な問題を解決した上で仕事に臨むことが望ましいとされています。

そういう意味で、私のような元摂食障害当事者がカウンセラーをする場合、カウンセラー自身が過去の経験を思い出し、クライアントと自分を重ねて相手の思いを聴けなくなり、持論を押し付ける可能性があります。摂食障害さんは症状ゼロになっても、まだまだ心に傷を抱えている方も多いです。その点で、元当事者がカウンセリングをすること自体、リスクがあることもあるよな〜とつくづく思います。

私自身も絶対とは言えませんが、この点は非常に注意しながら、フラットな感情でカウンセリングに臨むように心がけています。

こういうこともあり、治療者側は「クライアントと治療者」という距離感や役割をきちんと線引きする必要があります。そのため、治療やカウンセリングをうけると、「お医者さんが冷たく感じる」と感じたこともあるかもしれません。

でも、この「冷たく感じる」というのは、実は「転移」と感じている可能性があります。そして、この転移は、実は治療に活かせるんです。

陽性転移と陰性転移の活かし方

「転移」はあまり良くないものとして思われがちですが、最近は「転移が起きたときこそ、変化のチャンス」と捉えられることが多いです。

そもそも転移とは、過去に誰かに向けた感情です。つまり、転移が起きたら、「その感情は、過去に誰に向けられた感情と同じか」のように分析することで、その人の心の傷をとらえることができ、回復に繋げられるからです。

では、3つの転移のケースを解説します。

【1】「もっと心配してほしい」

⇨陰性転移が起きている

「もっと私のことをわかってほしい」「もっと心配してほしい」「なんで理解してくれないの」などの転移が起こった場合は、それが治療のキーポイントになりやすいです。

だから、私は責められたり、怒られたり、当たられたりした時こそ「よし、よし」と思います。これは、信頼関係が成り立っていないと、怒らない現象ですから。

この陰性転移が起きた時に、「その感情は、過去に誰に向けられた感情と同じか」のように分析することが大切です。そのほとんどが親である場合が多いんですけどね。

 

【2】「冷たく感じる」という場合

⇨陽性転移が起きている

例えば、「カウンセラーと友達みたいな関係になりたい!一歩踏み込んだ関係になりたい!」という感情がある場合、陽性転移が起きていますよね。しかし、カウンセラーとしては、治療者としての境界線が崩れて、冷静な話がしづらくなるのを防ぐために一歩引いた立場を貫きます。(境界線がなくなると依存関係になりやすいからね。)その距離感をクライアントは「冷たい」と感じているのです。

【3】「褒められたい」と感じる場合

⇨陽性転移が起きている

例えば、「カウンセラーに好かれたい!頑張っていると言えばもっと褒めてくれるかな?」などと思っていると、鬱っぽくしんどい時でも「調子いいです」と無理して嘘をつくことはありませんか?また、過食嘔吐を恥ずかしいととらえて隠して、「大丈夫です」などと答えることは、治療の妨げになることは明らかですよね。

治療者は基本的に「何を話しても安全ですよ」というスタンスでクライアントの前に立ちます。だから、ほとんどの場合は責められたり、怒られたり、見放すことはありません。起こるとか攻めるとか、そういう感情って非常にエネルギーを使うので、私たちだってわざわざ叱ったりしません。

だから、「治療者の前では一旦素直になる」ということを心がけてみるといいかも。嘘つかずに、思ったことを話す。そして、そこで溢れ出る本音から、過去を癒したり、次の道筋をたてるのが、カウンセリングの場だと思っています。

このように、カウンセリングの現場では、カウンセラーに向けて、クライアントがさまざまな感情を表現してきます。そこに正解はありません。自分の気持ちを表現することに意味があります。

そして、その表現された感情を適切に扱うのは、カウンセラー側の役割です。クライアントに責任はありません。カウンセラーはプロです。だから、カウンセラーのまえでは一旦素直になって、子供のように泣いたって大丈夫です。ある意味、見慣れているのでね。

 

ただ、あなたの感情を否定したり、扱い方に違和感を感じたら、それはカウンセラーに問題がある場合が多いです。ちょっと勇気がいるかもしれませんが、その違和感を伝えてみてください。(私だったら、伝えてほしいです!)

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