体験談10:再び27kgの悲鳴。高校留年、強迫的な毎日。

h.私の体験談

前回:体験談9:体験談9:タンパク質量を0.1gまで計算した

▼拒食(27kg)

16歳4月~17歳2月 (約1年)

高校留年。ひとりぼっちになった。

登校したのはたった1日。留年が確定した。

高校2年生になった私だったが

1年までは皆勤賞だったのに

2年生になると同時に合計2ヶ月以上も入院した。

そのため、退院後に学校に行っても

友達づくりに出遅れたと感じたり

授業の内容もまったくついて行けなかった。

学年3番以内をキープしていた私は

屈辱的で情けなかった。

確かに吹奏楽部の友達や

前のクラスで一緒だった子も話しかけてくれたけど

私は自分から心を閉ざしてしまった。

学校に行けたのはたった1日。

私は自宅に引きこもってしまった。

家族以外すべてを失った。

1年前まで順風満帆だったJK生活が一変。

勉強も部活も友達も恋愛も

地元の中学までの友達も

すべて失ってしまった。

(正しくは、自分で距離を置いてしまった)

唯一、家族だけはそばにいてくれたが

「死にたい」「太りたくない」「全部お母さんのせい」

と狂ったように家で叫びまくる私のせいで

家族の雰囲気は最悪になった。

その頃、私は姉と10畳の部屋を共有していたが

部屋の真ん中にカーテンを引き

私専用の2段ベットを購入し

心理的にも物理的にも距離をとってしまった。

強迫的な運動、食事制限。ふたたび入院体重へ。

相変わらず1日2時間の散歩に加え

腹筋背筋を欠かさずやり(贅肉ないのに)

毎日のカロリーとタンパク質の計算。

それを強迫的にこなさないと

パニックになってしまうので遂行したが

もう体も心も限界だった。

37kgで6月に退院したのに11月には再び27kg。

通院の時に見かねた主治医が

「入院してみる?」と提案してくれた。

私は3度目の入院を受け入れることにした。

半年ぶりに病気の前の自分に戻った2週間

入院までは2週間あった。

「どうせ入院したら10kg太らなきゃならない」

と思った私はその日から過食気味になった。

そして、毎日のルーティンをやめた。

病気になる前から好きだった絵画鑑賞をしに

母親と2人で横浜美術館に行った。

ルーブル美術館展だった。

お昼ご飯はカロリーが激高い

インドカレーを完食した。

あの日1日のことは10年前のことなのに

私は鮮明に覚えている。

それくらい、久々に普通の女の子に戻れた気がして

幸せを感じた。

そして、3度目の入院生活が始まった。

つづき⇨体験談11:私を傷つけた研修医と、希望をくれた研修医。

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